全てはここから

おにです、自分のことを少し。

趣味は色々ありますが、広く浅くなのでこれといって自慢できるほどのものはないです。
収集癖も少しありますが、B型なのですぐ飽きちゃいます。
自動車、カメラ、はじめ機械もの全般好きで、機能的なものプロ用、業務用といった言葉に弱く、ヘビーデューティーなんてのも大好きで、もっぱら、アウトドア用品、ナイフ等で散財しております。
クルマなんてホイホイ買えるわけもなく、カメラも10万単位の出費となり、それらにくらべて単価が低く小物が多くて楽しいからですね。
きっかけとなったのが、KKワールドフォトプレス発行の「アメリカ製品の本」というのがあって、
その中のアウトドアグッズの紹介にすっかり魅了されてしまったのが第一歩。
二十数年前、中学生の頃でした。


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ワンゲル時代(その1)

高校に入って、部活を選ぶときに少し考えた。
練習とか団体行動とか嫌いなので、運動部はパス。
カメラが好きなので写真部とかと思い、部室を見に行ったけど誰もいない。
同じ棟にあったのが、演劇部と応援団とワンダーフォーゲル部、いわゆるワンゲル。
アウトドアライフに興味があったといっても林間学校レベルの経験しか無かったので、
これ、いいんちゃうかと入部、練習とかする必要ないし。(これ誤り)
入って最初にやらされたのが、テント干し。
当時、ナイロン製ドームテントとかもないではなかったが、
高校の部活で使用するのは代々受け継がれた家型テント。
テントの絵を書けというとみんなが描くあの形のやつ、しかも材質は帆布。
湿ったままほったらかしてると簡単にカビが生えるので、
天気のいい日は練習をかねて干すのだ。ん、練習?
そう、ドームテントはポールを指定通りセットすればきれいに張れるが、
全く自立しない家型テントはテクが必要なのだ。
まず両側の入り口のポールを立て、メインロープを張る。
これで垂れ幕のような状態でなんとか立つので、あとは周りのペグを打っていって形にする。
次にフライシートをかぶせて、やはり周りにペグを打ってく。

これはよそのパーティーの設営風景。
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4、5人が眠れるテントを張るのに20本以上のペグが必要、それもアルミの細いのではなく鉄製。
テント一式で20キロ以上あるのであった。
ま、この経験のおかげでタープ張りは、おにテクばっちりとなったのだ。

テントの中から外、いい写真がなくて。
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でも、「んー、なんか違う。」
自分がやりたいのは登山じゃなくて、スマートなバックパッキングだったのに。



ワンゲル時代(その2)

テント張りの次にやらされたのが、ボッカザック作り。
ボッカとはちゃんと漢字があって歩荷と書き、山に荷物を担ぎ上げることやそれを仕事とする人を指す。シェルパみたいなもん?あっちは元は民族の名前だけど。
空のザックの中にボロ布と砂袋やら重りをいれていって、とりあえずは25キロぐらいにする。

ザックの重さはこんなバネばかりにぶら下げて量ります。
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で、これを担いで近く(といっても結構離れている)の神社の階段とかでトレーニング。
この25キロというのは意味があって、高校総体と関係がある。ん、総体?大会なんてあんの?
そう、あるのです。1チーム4人で総重量100キロというのが規定で、一人あたりが25キロ。
荷物を担いで山の中を走り回ってタイムを競う、おにてき地域では六甲山が予選会場。
テント張りの練習はここでも意味があって、インスペクター(検査官)の前でヨーイドンで張り、時間だけでなく出来(張り)映えも採点されるのであった。
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他にどんな審査があるかというと、装備チェック、天気図、筆記テスト、あと抜き打ちでインスペクターが質問してきたりもする。
こんなことがやりたかったんじゃないぞー。


ワンゲル時代(その3)

毎日、ボッカ以外に何をしていたのか?
山に行っても生活の基本は衣食住。
住はテントなので次は食、すなわち火のつけかた。
さすがに焚き火はしないのでコンロの練習。
あんなもんに練習いるの?いるのです。
現在主流のガスコンロは、当時は団体ではほとんど使われていなかった。
理由はボンベのコストが高くかさばることと、火力が弱く大鍋の湯を沸かすには役不足だった。
今でこそ各メーカーが色々な型を出しているが、EPIとキャンピングガスが数タイプあっただけで選択の余地が少なく、岩谷が出す前のPRIMUSなんかはさっぱりだった。
で、我らが使用するのは石油コンロ、燃料の灯油はリッター100円以下かつ引火しにくく安全。
ブランドは、PRIMUS、OPTIMUSといった北欧勢と国産の マナスル
ライター以外に必需品がメタ等の固形燃料、石油コンロはプレヒートが必須でこれがないと余熱が大変。
点火の手順はこう、
まず燃料をいれすぎると余熱や加圧が十分できないためタンク8分目以下に、
次にバルブを開けておいてメタを余熱皿で燃やす。
タンクが触ると熱いくらいになってからバルブを閉めてポンピング、
気化した燃料がシューシュー噴き出してくるので着火、
余熱が不十分だと炎上、さらに石油が生で噴き出してくると最悪火の海に。

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どこが安全なのといいたいとこだが、灯油だとガソリンのように爆発的に燃え広がることはない。
そのかわり余熱の必要も少なく、簡単に点くんだけど。
あと、灯油は臭くて手についたりするとべたべたして超不快。
細かい火力調整はほとんど不可で、コスト以外にあまりメリットがなさそうだけど今でも愛用中。
真鍮の重厚な味わいが魅力。

裏六甲で、食器に日本酒を入れて燗してます。
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ワンゲル時代(その4)

衣食住のうち食住として団体装備に触れたので、衣のこととして個人装備のことを。

ある日、先輩に値段のリストみたいなのを見せられ何が必要かと聞かれた。
当時、三宮の裏通りにガイドの小屋という山道具屋があって、そこに一括で発注するのだ。
衣類上下、靴、雨具、マット、シュラフ、ポリタン、食器セット等。
結構な出費なのと現物も見ずに買うのがいやだったので、
とりあえず靴は一番安いキャラバンシューズ(革の登山靴は2万以上)、
雨具はセバレートタイプでなく安価なポンチョを選択し、
シュラフは部室にある余ったのを借りることとした、これが後にエラいことに。
衣類のほうは下がウールのニッカボッカなのは既定で、
ニッカホース(膝上まである靴下)と厚手の靴下を、
上の山シャツは先輩とたちと合わせなくていいので1年生だけで選べと言われ、
あまりユニフォームとしての意味はないが、相談して決めたコットン製の黒っぽいチェックのものを選択。

正装はこんなかんじ。
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それ他のものを言われるままに購入、それでも総額は2~3万になった。
時代を感じさせるのは、雨具は今でもあるハイパロンという素材で、
ゴアテックスなんてあるにはあったが夢の素材扱いで選択肢にならなかった。
山シャツもコットン製というのは当時でもまずかったのだが、
冬山なんて行かないのでとりあえずいいだろうと、速乾の化学繊維なんてのも当時無かった。

女子もこんなかんじです。
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プロフィール

おに

Author:おに
おにです。
射手座 B型 永遠の十代 ♂
物欲との戦いの日々、
散財状況と日常のぐだぐだを、
気の向くままにお伝えします。

ぴろ
かに座 A型 ♀
おにの嫁

マール:Mar (まるっち、丸犬)
昼寝とオヤツ命の黒ラブ 10歳 ♂
丸顔、タレ目、でこっぱち
最近、散歩は控えめ 

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